アジア(1)


はじまりは一人旅じゃなかった

ずっと旅に出たいと思っていた。
いつだってそうだが、旅に出るのにたいした理由や目的なんかなくて、ただある日突然にどこか遠くへ行きたくなるのだ。
わけもなくラーメンやカレーが食べたくなる衝動と、少し似ている。
親の元気なうちに、ちょっとだけ長めの旅がしたい。
そう考えていた。
そんな頃、妹がマレーシアへ行くことになった。
旦那がマレーシア華僑の家の生まれで、この正月に帰省するらしい。
中国正月か。おもしろそうだと思った。
それで、2人にくっついてマレーシアへ押しかけてしまった。
昼間は、遠い親戚にあたるおじさんに町を案内してもらい、夜は、やはり遠い親戚にあたる女の子の部屋を借りて寝た。
そう。
これは旅ではなく、ホームステイ。


マレーシアの華僑とポポ家


マレーシアは多民族国家だ。
様々な人種が暮らしている。
モスクもあればヒンズー寺院もある。
地元TVで「ラブレボリューション」を見たが、字幕はマレー語と中国語だった。

私がお世話になったのは、華僑(中華系商人)の家だ。
はっきり言って華僑は世界中どこにでもいるし、どの都市にいってもチャイナタウンがある。
彼らはどぎついまでにエネルギッシュで、現実的で、商売熱心。
間近に接するまで、そういうイメージをもっていた。
・・・そして、一面においてはまさにその通りだった。

とはいえ、家の人たちは本当に親切だった。
日本では考えられないほど親切にしてもらった。
何回お礼を言っても足りないくらいだ。

ポポという名のおばあちゃんが、この家の家長だ。
ポポはいつでも忙しく立ち働き、めったに座る姿を見かけない。
お正月のごちそうも、ほとんど一人でつくっていた。
偉大なおばあちゃんである。
ポポをふくめ、家族の人たちは、言葉がぜんぜん通じない私に対してもいらいらせず、寛容に親身に接してくれた。
子供達は部屋を貸してくれたし、忙しいはずのおじさんは2日もつぶして観光案内をしてくれた。
アナスイで買い物をしたいと言う妹のために、店をハシゴしてくれた。
「のどが痛い」と一言漏らすと、庭の葉をちぎってハーブティーを淹れてくれた。
言葉が分からなくてぼんやりしてたら、普段は無口なおばさんまでが一生懸命話しかけてくれた。
語彙が乏しいようだけれど、実際、猛烈に親切だった。


クチンへ行きたい!


衝動的にはじめた今回の旅だが、実はひそかな目標があった。
それは、
 『猫を100匹、写真に撮ること。』
なんとなくボーっと観光だけして終わってしまうのも勿体無いので、自分なりのゲームを盛り込んでみたのだ。

この、くだらない目標のためには、クチンという町へ行くことが不可欠だった。
クチンは現地語で「猫」という意味をもつ。猫の町なのだ。
滞在中のクアラルンプールからは、海をはさんでボルネオ島の北側に位置する。
 「クチンへ行き方を教えてください」
と尋ねると、家の人々は口をそろえて
 「一人で行くのか?危ない!ツアーにしなさい」
と言う。
それで、旅行会社を探しに行こうとすると、
 「市街へ一人で行くのか?危ない!」
ますます心配してくれている。
私の英語レベルがいかに低いかを知っているからこそ、本気で心配してくれているのだ。
いい人たちである。

結局、携帯電話と地図まで持たされて、市内へ出てきた。
ただ、肝心なことを忘れていた。
旅行会社がどこにあるのか、聞いていなかったのである。

仕方がないので、鉄道駅のインフォメーションに行って
 「このへんに旅行代理店はありませんか」
と尋ねてみた。
係員は気さくな人で、
 「代理店のオフィスに電話をして、住所を聞いて、タクシーで行くといいよ」
と、すぐに電話番号のリストをコピーしてくれた。
 「住所を聞いて、タクシーで行くのね!OK!」
とこちらも気さくに答えたものの。
電話して・・・住所きいて・・・って、英語で?
それじゃあ私の得意技・ボディランゲージも「気合で勝負」も使えないじゃないか。
だいたい、マレーシアの公衆電話の使い方さえ知らない。
電話番号のリストを前に、思わずうーんと唸る私。

・・・しかし、なんとかなるものだ。
やけくそで電話をかけまくった結果、5軒目に話が通じて、オフィスの在りかを聞き出すことに成功した。

旅行代理店に着いたら、もうこっちのもの。
カウンターにむかって、
 「クチンへ行きたい!」
を連呼する。
相手をしてくれたのは、「RIKA」というやけに親しみを覚える名前のお姉さんだ。
そのRIKAが、
 「ツアーに申し込むには遅すぎる。チケットだけなら取れるけど」
と言うので、航空券とホテルを予約することにした。
彼女は辛抱強く私のデタラメ英語に付き合ってくれ、めでたく予約はとれたのだが、最後に一言、
 「アンタに辞書あげたいわ」
と言った。

独力でクチン行きの手はずを整え、得意満面で帰ってきた私。
 「おーっ、自分で予約できたのかい?凄いねえ、凄いねえ」
とポポ家の人たちもほめてくれるので、いい気になっていた。
しかし、やはり落とし穴はあった。
航空券をまじまじと見ていた義弟に、
 「このチケット、キャンセル待ちだよ」
と言われてしまったのである。
どうしてくれるんだよ、RIKA・・・。


出発


結局、義弟に予約を確認してもらい、航空券はなんとかなった。
やはり旅の素人の私は、ツメが甘い。
ドタバタしているうちに、クアラルンプールを発ち、クチンへ向かう日がやってきた。

クアラルンプールでの数日間は、本当に楽チンだった。
宿はタダだし、ゴハンは美味しく、観光へ行くにもおじさんの車に乗っていればよかった。
だがこれからは、そんなわけにはいかないのだ。

別れ際に、
 「ポポと、ポポのつくった料理の味は忘れない」
って言ったら、
 「クアラルンプールに帰ってきたときには、いつでもここへおいで」
と言われた。
ポポの瞳は深くて、やさしくて、暖かい。
年経た人だけがもつ、安心を与える瞳である。
長い年月、家族を支え、慈しみ、守ってきたおばあちゃん。
なんだか、本当のおばあちゃんみたいだった。


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