カンボジア(2)


観光2日目



日本人はサンライズが好き。

 カンボジアで何が良かったかときかれたら、私は夜明けのアンコール・ワットと答える。  
 正確には「夜明け前の」アンコール・ワットだ。
 まわりはジャングルだから真の闇…と思いきや、これが意外に明るい。
 自分の影がのびているが見える。
 まっすぐで大きな石の橋が、月光に浮きあがっている。
 その突き当たりに、アンコールワットの怪物のような影が、どっしりと座っている。
 広い空に半月とたくさんの星たち、それだけでこんなにも明るい。
 やがて、遺跡内のお寺から音楽が聞こえてきた。
 月と星と音楽とアンコール・ワット。ほかに何が必要だろう。

 …だがこんな所で、日本のおばちゃん達は生ゴミの出し方について相談していた。


トンレサップ湖

 カンボジア最大の湖を舟で行く。
 今は乾季だ。マングローブが迷路の壁のように生い茂る。
 その合間に、様々な種類の様々な大きさの舟がぎっしり浮かんでいる。人々は水上で生活しているのだ。
 舟の家で炊事をし、ブタを飼い、花を育てる。
 おばあちゃんの小舟が、野菜や日用品や、てんこもりの商品を売りにくる。
 スクールバスならぬスクールボートが子供たちを迎えにきて、学校もやっぱり舟の上だ。
 モンゴルの子らが馬に乗るように、ここの子供はどんなに幼くても舟をあやつる。5才かそこらの子が櫂を持ち、もっと小さな子が舟から舟へバランスよく渡り歩く姿に感心する。よく落ちないもんだ…
 マングローブの林が途切れると、風景は一変する。みわたす限りの水。       
  「ほんま、これ海ちゃうん!?」
 と思わずきいてしまう。
 船頭は笑って「湖だよ」と答える。
 そうだな。こんなキタナイ色の海もないか。水平線が、茶色い。


スラ・スランの子供たち

 午後は再び遺跡観光。小さめの遺跡をいくつかまわる。
 子供たちが絵ハガキや土産物を売りにくるのは世界中どこでも同じだが、スラ・スランの売り子には根性があった。
 竹で編んだそまつな腕輪を束にして売りにくる。いらないと言っても、無視しても、どこまでもあきらめずにくっついてくる。疲れて池の端に座りこむと、間髪おかずにココナッツジュースを売りにくる。
 池の中では、他の子供たちがぎゃあぎゃあ言って遊んでいた。泥を投げたり、泳いだり。
 そのうち姉弟がとびこみを始めたので思わず写真に撮ると、すかさずモデル料を請求された。これは私のミスだ。仕方がない、1ドル払おう。すると、
 「姉と弟と、2人だから2ドルくれ」
 「ダメ。2人で1ドル!」
 ケンカ腰で交渉していたその時。
 腕輪売りの女の子、小学校にあがるかあがらないかの年だろう、その子が真剣なまなざしで私を見た。
 そして凄い勢いで上着をぬぎ、上半身裸になって池へとびこんだ、ドボン!
 びっくりしていると、彼女は息をきらせ、ぼとぼとになって水から上がり、
  「私にも1ドルちょうだい!」
 …多分、無視しなければいけなかったんだと思う。
  どこのガイドブックを見ても、「同情をかけて金をやるのは本人のためにならない」と書かれているし、たいていの現地ガイドもそう言うだろう。
 だが私は心の弱い人間だ。小さな女の子とは思えないその気迫、悲壮な目に勝てなかった。1ドルで腕輪を買う。
 これがいけなかった。
 泳いでいた子たちがいっせいに駆けよってきて、
 「おれも泳いだ!全員に1ドルくれ!」
と叫び出したのだ。その数10人ほど。
 えらいこっちゃ〜!と私はあわててスラ・スランを逃げ出した。

 


観光3日目


冗談はよせ… 暑くてじんましんが出て来た朝

 「今日はバンテアイ・スレイ遺跡と、滝を見に行こう」
 とK氏が言う。
 滝かあ、いいなあ。
 しばらく走ってから、彼は言った。
 「ここから先が別料金なのは知ってるかい?」
 知るわけがない。どういうことだ?
  「1日いくらのチャーター料金は、アンコール・ワット周辺のみの値段だ。それより遠くへは別料金が必要。
 しかもここから先の道はかなり悪い」
 そんな、ここまで来ておいてそれはない。
 たしかに地図を見るとバンテアイ・スレイまで40q、滝はさらに20qも先だ。
 それにしても彼の言う値段はボッタクリだったから、だいぶ頑張って交渉をした(それでもいくらだったか言いたくない)。
 60qのみちのりは遠かった。
 たしかにひどい道で、土埃で前が見えないくらいだし、工事が多くてガタガタだ。
 やっとこさっとこたどりついた滝は、4ヵ月前に地雷の撤去作業が終わり、オープンしたばかりの観光地なのだそうだ…が。
 通りがかりの日本人学生(彼らも別料金を払ってやってきた)の言葉を借りれば、
 「キレるわ」
 ってシロモノだった。ちょろちょろちょろ。
 乾季だから仕方ないけどね。
 なんだか気が抜けたので、ちょろちょろを眺めながら一休みすることにした。
 すると、この時を待っていたとばかりに、K氏がモウレツな勢いで口説いてきたのである。
 この国でも「日本の女は誰にでもOKする伝説」は信じられているらしい。もう…早く帰りたい。
 そのとき、一人旅らしいフランス人の女の子が、やはりバイクタクシーの運ちゃんに連れられてやってきた。
 その運ちゃんはかなりのおデブさんでおまけに禿げていたのだが、驚いたことに、彼は滝を見るなり、なにごとか叫びながら服を脱ぎはじめたではないか。
 K氏の解説によれば、この滝の水を全身にあびれば幸福がもたらされるという。
  おデブの運ちゃんは、シャツもズボンも脱ぎすて、パンツ一丁になって滝へとびこんだ。
 「キモチいいよ!あんたもいらっしゃい」
 ド派手なパンツ姿で誘われ、フランス人の女の子は、ものすごいしかめっつらになった。
 そして救いを求めるように私に向かってつぶやいた。
  「信じられない!」
 フランス語だったけど、絶対そう言ったに違いない。
 気持ちはよくわかるよ・・・。
 帰り道もまた赤土の埃をあびながらの60q。
 ホテルに帰って顔を洗うと、タオルが赤白のまだらに染まった。シャンプーをすると赤い泡がでた。
 あれは本当に凄い砂煙だった。


最後の夜

 K氏はもちろん、その夜の食事にも誘ってきた。
  「おしいいもん食べて、その後ディスコに踊りに行こうよ」
 どんな怪しいディスコだか分かりゃしない。
 だがこんなこともあろうかと、私は前日のうちにレストランの予約をいれていた。
  「先約があるからダメなの、残念ね」というわけだ。
 こうしてK氏からは逃れられたのだが。
 レストランの送迎をしてくれたのは、日本語でじつによくしゃべる若者だった。
 独学で日本語を学び、今は地雷の被害者のケアセンターで日本語の通訳をしていること、そこには子供が多いこと、などなど。
 食事が終わり、レストランに迎えに着た彼は、帰り道もまたべらべらしゃべっていたが、ついに本音を吐き出した。
   「実は今とても困ってる。今日はぼくのボス、日本人のOさんのお別れ会なのだが、女の子が少ない。
  ちょっとでいいから来てくれないか?みんな良い奴だから大丈夫だよ」
 もちろん私は断った。
 ホテルへ帰ると言ったのだ。
 だが気がつけばホテルとは反対方向へ連行されていた。
 これじゃあ誘拐だ。
 だがそれほどヤバイと思わなかったのは、(K氏と違って)彼の素朴な物言いのせいだっただろうか。
 運のいいことに、彼の言葉にウソはなかった。日本人のOさんのお別れ会だ。
 ただ一つ聞いていなかったのは、そこがディスコだということだった。
…やっとの思いでKから逃げてきたってのに、なんでまたディスコやねん…。
 日本人のOさんは、かなりのお年のように見えた。彼は私が日本人だと知ると、
  「何がおもしろいんだろうね。音が大きすぎて頭が痛いよ」
 とうめいた。
 たしかにディスコって高齢者向きではないと思うわ。
 爆音のような音楽、明滅する照明。
 暗い店内は、カンボジアの田舎とは思えない。
 だが彼らは、懐かしいマカレナの曲(それを言うならディスコという言葉自体がすでに懐かしい)に合わせご機嫌で踊っていた、畑にクワを置いてそのまま出てきたかのような純朴な顔で。
 そのうち数人は生まれて初めてのディスコだと言う話だし、ダンスは私でも分かるくらいかなりヘボかった。
 けれど彼らはものすごく楽しそうで、なんだか可愛らしい。私はある意味すごく楽しんだ。
 結局、Oさんが騒音に耐えられないというのでディスコは30分ほどで出た。
 助かった!と思い、私はホテルに帰ることにした。
 例のおしゃべり男は、
  「もう帰るの?今からカラオケ行くんだよ。一緒に行こうよ」
 と言ってきたが、彼らの純朴なダンスを堪能したのでカラオケはもう結構という気分だった。
 そういうわけで、カンボジアの最後の夜は、明るく笑ってすごせたのだった。


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