ケニア(2)
サバンナの夜
エレメンタイ湖事件にショックを受けつつも、次はマサイマラへ移動だ。
宿泊地はマサイマラ国立公園のすぐそばにあるFIG TREE CAMP。
テントとロッジを選ぶことができ、私は「虫が多そう」とむずかるナオミちゃんを説得してテント部屋に入った。
テントと言っても屋根はついているしトイレもシャワーもしっかり整っていて、私にしてみればリゾート地も同然だ。
ただ、テントのすぐ横を流れる谷川には絶対に下りないようにと注意された。
「ワニが出ますから」
そして、マサイマラで迎える夜。草原の夜。
キャンプの敷地内でさえ真っ暗である。
食堂からテントに戻るだけでも懐中電灯が必要だった。
きゃあきゃあ言いながら暗がりを歩いていたら、白い猿が2、3匹遊んでいるのに出くわしたりする。
暗いのは暗いが、静かではない。
動物の声が無数に聞こえてきて、へんににぎやかなのだ。
怪獣みたいな声でぎゃあぎゃあ鳴くやつもいる。
聞いたことのない声ばかりで、一体、この草原には何種類の動物が棲んでいるのだろうと思った。
そのうえ、怒っているナオミの声もしょっちゅう聞こえてきた。
「また蚊にさされた!この蚊取り線香アカン!」
アフリカの夜は、案外うるさい。
マサイ
草原の民
ここはマサイマラというだけあって、かの有名なマサイ族の土地だ。
町の人も野の人も、マサイマラで会う人々はたいてい民族衣装を着ている。
移動中に見かけたマサイは、草の海のなかに浮ぶ赤く細長い影みたいだった。
マサイは、例えばテレビ番組では次のように紹介されている。
『彼らは文明を拒絶し、独自の文化を守りつづける。独特の赤い衣装を身にまとい、牛を追って生活する。
一方では観光客を受け入れる村もあり、商魂たくましくビーズ細工を売りつける』
私は、失礼な話、獣臭いまでに野性的な人々なのかとイメージしていたのだ。
が、会ってみると普通の素朴な遊牧民だった。なんというか、人間くさいのだ。
冗談も言うし、女の子をからかうし、おしゃれをするし。
キャンプの守衛もマサイだった。彼らはライオンとでも戦えるのだそうだから、頼もしいとこの上ない。
一日目の夜には、マサイの若者たちがダンスを披露してくた。
高くジャンプできる者ほどハンサムなんだそうで、歌いながら一人ずつ跳躍してみせる。
その高いことったら、もう!クマテツだってぶっとんでしまう。
高く跳び、平気で何十キロも歩き通せる彼らの足。よく見ると細くて本当にきれいな足なのである。
女性モデルの足みたい。鍛えぬかれた足には、余分なコブコブ筋肉さえつかないのだろう。
マサイのお宅訪問
マサイマラを車で走っていると、木の柵に囲まれた小さな村が目につく。
オプショナルで、そんな村のひとつを訪問した。(観光客慣れしていた…。)
柵をくぐってびっくり。
村じゅう、牛糞がしきつめられている。
牛糞のまんなかで、マサイの女性たちがウエルカム・ソングを歌ってくれている。
この臭い、ハエの大群、普通の状況なら耐えられないに違いない。
だがこの時ばかりは平気だった。郷に入れば牛糞なんてくそくらえだ。
前夜の雨でやわらかくなった茶色い地面をぐっちゃぐっちゃ踏みしめて彼女らに近づき、写真を撮らせてもらう。
ほかの人も、恐る恐るといったふうで足を踏みだす。
ナオミはぬかるみに足をとられて「足がぬけない〜」と叫んでいる。
厚底サンダルを履いていた人などはかなり勇気が要ったようで、「…足についちゃった」と呟きが聞こえてた。
マサイ村では、子供が異様に多かったのが印象に残った。
みんなハエだらけの顔をしている。
「一人転んだ子がいてね」
と、あとで誰かが話していました。
「頭からべちゃっと突っ込んじゃって、その子の顔、うんこまみれだった…」
う〜ん。
男手は牛追いに出ているのか少なく、女の人達は新しい家を建てたり、ビーズ商品を作って売ったりしていた。
観光客相手にももちろん売っている。しかもかなり強引な商売である。
私は若い女の子につかまった。
彼女の言葉はぜんぜん分からないが、言いたいことは分かる。
「あなたとワタシは友達、だから買って」
「なんでいきなり友達なんだ」
「これは全部ワタシが作ったんだよ。買ってよ」
「あなたの爪、割れてるね。凄く痛そう。大丈夫なん?これ作っててて割れたの?」
「たいしたことないよ。見ないでよ。それより買ってよ。これ似合うよ〜」
「だって、それ壊れてるやん」
「壊れてないよ」
と言うなり、彼女は首飾りの止め具を指でぐいっとねじまげて、
「ほら直ったよ、買ってよ」
結局、その首飾りは今でも母が愛用している。
やってきたあいつ
あいつは突然やってきた。今回は大丈夫だと思ったのに。
マサイマラ二日目の早朝が始まりだった。
かなり強烈なやつで、マサイ村訪問の頃から夕方のサファリにかけて私をへろへろにした。
モンゴルでもタイでも、私を苦しめたあいつ…あいつの名は、「下痢」。
持ってきた薬で一応はとまったが、そのあと微熱が出た。お腹も周期的に痛む。
「この痛み、この熱…脱水症状に違いない!」
私は勝手に自分を診断し、粉末のポカリスエットをミネラルウォーターで溶いてがぶ飲みした。
すると一晩のうちに、けろりんぱと治ったではないか。
下痢慣れしてきたな〜と思う、今日この頃。
サファリ!
ナクルで1回、マサイマラでは4回、サファリがあった。
サファリカーでサバンナへでかけ、動物のすぐ近くまで近寄ることができる。
「サファリカー」といえば、タフなジープを思い浮かべるが、あきれるくらい普通の、中古の9人乗りワゴン(ニッサン)を改造したものだった。4輪駆動でさえない。
サファリの時は天井がフタのように持ちあがり、顔をだすことがでる。
ところが後ろの席は結構狭くて、どんくさい私たちは頭をあげるたびに頭をぶつけてしまうのだった。
大変だったのは、砂埃。
乾季のサバンナにはともうもうと砂塵が舞い上がっている。他の車とすれ違おうものなら、目をあけていられないくらい。
私は砂に強いタチだが、ナオミなどは苦労していて、目にサングラス、口にはマスク、顔全体にはバンダナと、そのまま銀行強盗ができそうな重装備ぶりだった。
会えたのは、前述の動物たちの他、ライオン、アフリカ象、キリン、トムソンガゼル、ホロホロチョウ、ハイエナ、ジャッカル、ハゲワシ、アフリカンイーグル、ヌー、それからダチョウ(歌劇で使う羽はこの子らから取ってるのね…)。
ライオンが意外にたくさんいるのに驚いた。
シマウマやインパラなんかごろごろ群れていて、日本でいうなら電線に群れている雀みたいな感じだろうか。
感想は、
「もう動物園には行けないな…」
地平線の彼方まで自分のものだというような顔で、悠々と歩きまわる動物たち。
彼らにくらべると、オリの中の動物なんて可哀想で正視ないだろう。
チーターを見つけた時が一番感動した。かなり数が減っているらしく、なかなか見つからなかったのだ。
王者ライオンも猫科だが、チーターの美しさにはかなわない。
しなやかでスリムな体は正に猫。表情も猫だから、言いたいことはなんとなく分る。
「なんだよ〜俺は今から朝ご飯なんだよ。邪魔しないでほしいな、まったくもう。
そんなにジロジロ見ないでくれよ。ああ、またたくさんの車が来た。うっとおしいんだってば。
こりゃいかんな。あきらめてねぐらに戻るとするか」
誇り高いチーター君は顔をそむけ、いかにも見世物にされるのが嫌そうだった。なんだか悪いことをしたなあ、と思った。
カルチャーショック
ケニアの首都ナイロビでのできごと。急に道が混みだしたなと思ったら、事故のせいだった。
「あ、人、死んでますね」
ガイドがそっけなく説明した。それはまるで
「あ、あれ、シマウマですね」
と言うのと同じだった。
男がトラックに轢かれてぺちゃんこになっていた。
布をかぶせるでもなく、交通整理をするでもなく、あたりの車はむきだしの死体のすぐ脇を通っていく。
傍らには、警官が一人とトラックの運転手が話し合ってたが、やけに落ち着いていて、救急車を呼ぶといった風でもない。
運転手は不満そうな顔つきだったし、警官に至っては死体よりもトラックからこぼれ落ちた野菜を片付けようとしている。
インドでは、貧しい人々が生死の判別がつかない格好で道端に転がっていたりする。
それも悲惨だが、ケニアではまた違った、命の軽さを感じた。
いや、「軽さ」という言葉は適当ではない。死の自然さ、とでもいうのだろうか。
私たちは湖で、フラミンゴの死体をさがす死神のようなアフリカハゲコウを見た。
サバンナでは、ライオンがヌーを食べているのを見た。
土産物屋の駐車場にまで何かの骨が散らばっていた。どこにでも、至る所に、死はごろごろしていた。
サバンナで、ツアーの人が集って何を撮っているのかと思ったら、シマウマの死骸だった。
「だって動物園じゃ死体なんて見れないよ!」
言葉にすれば軽薄に見えるかもしれないが、そういう意味ではなくて、動物園では見られない自然の姿を教えられたような気がしたのだ。
ここでは、死はごく自然なこと、そして必要不可欠なことなのだ。
死を、悲しいこと恐ろしいこととしか考えたとのない私には、それは余りにも大きな視点で、大きな世界で、圧倒されてしまった。
…やっぱり、カルチャーショックこそが旅の醍醐味ではないだろうか。