ネパール・インド、付け足しの旅(2)・・・カトマンズへの危険な道


2月26日。
林の向こうから日が昇りはじめた。
金色の光が細くさし、広場に入ってきたバスを薄明るく照らす。
わあっという、歓声ともため息ともとれる安堵のざわめきが、バス乗り場に満ちた。
 「バス、来ましたね!」
 「これでカトマンズに帰れるんですね」
 「よかったよかった」
私は一緒にお茶をのんでいた旅行者達と共に立ち上がる。
そこへ息せきって現れた人影。
宿のオヤジさんである。
 「バスが出るんだって? よかったねえ。気をつけてな」
オヤジさんは、気の強い娘達にさんざんスネをかじられて骨だけ残ったみたいな、痩身メガネのしょぼくれたお父さんだ。
猫背で、後ろ姿に力がない。
私が値切って泊まったときも、娘さんに怒られていたのを知っている。
なのに彼はにこにこ笑みを浮かべて見送りに来てくれた。
 「またポカラに来いよ」
とか言いながら。
 「おっちゃん、またな」
私は日本語で答えてバスに乗り込んだ。

カトマンズ行きのバスが出るかどうか、ぎりぎりまで判らなかったのは、ストのせいである。
ストライキ。
春闘とか1%とか、そんな可愛いものじゃない。
マオイスト(反政府組織)が武器をもって暴れるのだ。
ほとんど内戦と言ってもいい。
チトワンでもポカラでも軍隊が厳しい警戒を敷いていたが、前日の25日もカトマンズ-ポカラ間でローカルバスが爆破されたという。
スト中なのにバスを出したというのが攻撃の理由だ。

 『Tourist Only』
運転手はでかでかと紙に書いてフロントガラスに貼り出した。
 「奴らは、外国人は狙わないから」
安全対策ということらしい。
それでも昨日爆破されたバスと同じ路線を行くのは、かなり怖いものがあった。
 「無事にカトマンズまで着けばいいけど……」

ストのせいで交通量は少ないようだったが、さすがにたくさんの検問があった。
ライフルを担いだ軍人さんがバスに乗り込んで乗客全員の顔をたしかめることもあった。
それでも行くなと言われたのだろうか。
運転手は時々、ケンカ腰で係員とやりあっていた。

そして、カトマンズまであと101キロ。
道程の半分を過ぎた頃。
丸焦げのバスを見た。
昨日、爆破されたバスに違いない。
真ん中から見事に凹んで、踏んづけられたミニカーのよう。
上半分が真っ黒に、カリカリに焦げている。
(乗客は爆破前にバスを降ろされて無事だった)
車窓に流れる黒焦げバスを見送って、私達は言葉も出なかった。

だが、昨日そんな事件があったせいで警備が強化されたのかもいしれない。
おかげで何事もなくカトマンズに到着したのだった。

・・・余談。
マオイストは外国人旅行者を狙わない、というのはこの時までの幻想だった。
私が日本に帰って数日のうちに、カトマンズの外国人の溜まり場・タメル地区で爆発事件が発生している。
世の中にもはや安全な土地なんてない。


クマリに会う


再びやってきたカトマンズ。
お世辞にも綺麗とは言えない、ごちゃごちゃした町だ。

がたがたの舗装道路にレンガの溝。
黒ずんだ建物がならび、両側から路地を圧迫するさまは、まるで魚眼レンズをのぞいているかのよう。
太陽は高い屋根をすりぬけてうすく差し込む。
一条の光が照らし出すのは、もうもうたる砂煙。
自転車とテンプーの流れ、クラクションをぶっぱなしながらのろのろ走る車たち。
四辻では大きな菩提樹が、すすけて太い幹をのばし、なんとか息を吸おうと枝を広げている。
根元には必ずお堂がある。
赤く染まった神がいる。
その神を拝みながら通りすぎてゆく人の流れがある。
サリーを着た娘さん。
水汲みにいく子供達。
地べたに座り込んで小物を売る老人。

いちど八百屋のおばさんが、店先を掃いているのを見かけた。
シャッ!シャッ!シャッ!シャッ!
ホウキが砂嵐を巻き起こす。
あまりの砂に……清めているのか、商品に砂をかけているのか。
店先のカリフラワーは真っ黒になっていた。

さて、カトマンズでの私のメイン。
それは、「生き神」クマリである。
女神が宿り、大きな魔力をもつという少女のことだ。
少女は大きな赤い館に住んで、人々から崇められ、恐れられ、祭りの主役をつとめて、初潮を迎えると次の人と交代する。

 「クマリ! お顔を見せてくださいよ」
ガイドが呼ぶと、彼女は重いとばりの向こうから、チラリと顔をのぞかせた。
物憂げな表情が美しく、まさに聖少女。
・・・では、ない。
そんなんじゃなかった。
呼ばれたクマリは、ひょいっと窓辺へとびのった!
春風みたいにさわやかな身のこなし。
6才の女の子。
そのものだ。
無邪気な顔の目にくまどり、細身に赤い服を着て。
でも自分の仕事を知っている。
そんな目だった。
西日をうけた木彫りの窓にあらわれた、みずみずしい生き神クマリ。
彼女はこれからどんな人生を歩むのだろうと思った。


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