ウズベキスタン(3)


わたしは『おしん』


 バスの旅は凄かった。
 ほとんど骨董品のようなバスはやっと動くという状態で、タイヤがはずれないのが不思議なくらいだ。下りになるとそこそこスピードが出るが、上りも平地もさっぱりで、他のバスにどんどん抜かれた。ゆっくり走るせいか、さほど揺れなかったのだけが救いだ。
 乗り込んでしばらくすると、周りが騒ぎはじめた。
 「おまえは日本人か?」
 「日本人だ。」
 「おい、こいつ日本人だってよ!」
 「ええっ、日本人なのか!」
 「日本と言えば『おしん』よね!」
 ということで、私は『おしん』と呼ばれることになった。
 ガイドブックは奪われ、たくさんの人が熱心にその写真を眺めた。
 「おい、おしん!こっちに座れ。その男の横じゃ何されるか分からない」
 おばさんが自分の横に来いと言う。
 それから、かつてこれほど『地球の歩き方』が活躍したことがあるだろうかと思われるほど、ひっきりなしに「旅の言葉」(必要最小限のロシア語、ウズベク語などが載っているページ)を使って会話をした。あとはフロムハート・トゥ・ハート。
 なにしろ長い旅路である。時間はたっぷりある。家族のこと、物価のこと、これまでの旅のこと。私達は何時間も話した。

 彼女はシャハラーさん45才。
 シャハルは「町」という意味なので、日本語で言うなら町子さんか。
 「私はシャフリサーブズのバザールで米を売っている。月曜まで働いて、火曜にまたホラズム(ヒヴァ)に戻る。それまでにぜひ遊びに来なさい。いや、今すぐ、このまま来なさい」
 シャハラーはさかんに家に泊まりに来いとすすめた。
 「ホテルは高い。うちならタダですむ」
 いや、そうなんだけど。やはりブハラにも行っておきたいし。
 「ブハラはチューリ(砂漠)だ。何もないところだ。シャフリサーブズはヤフシャ(良い)だ」
 サマルカンドは?
 「サマルカンドも、ヤフシャ(良い)だ。シャフリサーブズはサマルカンドのすぐ近くだ。来なさい、今、来なさい」
 断るのに大変苦労をした。
 私はどうしてもブハラへ行かなければならない。
 でもその後なら、シャフリザーブスへ行くことができる。
 「月曜までにきっとに行くから」
 と約束するのがやっとだった。
 シャハラーは
 「絶対においでよ。2人でおいしいスイカを食べよう」
 と言って笑った。


青きアムダリヤ


 「アムダリヤ!」
 シャハラーが窓の外を指差した。
 砂漠の中を唐突に青い、真っ青な川が流れている。
 これがアムダリヤ川か。
 砂漠に緑をもたらす命の川。
 「アムダリヤ、ボリショーイ(大きい)」
 川には水力発電のダムがあり、舟が一艘浮かんでいた。
 シャハラーは何度も
 「見なさい、舟だ、舟だ」
 と興奮気味に教えてくれた。
 彼女には舟が珍しいのだろう。

 川には橋がかかっており、渡る前後に警察のチェックを受けなければならなかった。アーミー柄の制服を着た警察(軍隊かも)がバスに乗り込んできて、一人一人身分証のチェックをする。私のパスポートは持って行かれてしまった。
 「レギストラーツェ(外国人登録。滞在する町ことに申請が必要)を調べてるんだ」
 とシャハラー。
 ここの警察は評判が悪いので、ちょっとドキドキした。
 が、パスポートは汚い指の跡をつけられただけで無事に戻ってきた。
 その際、私のパスポート(のビザ欄)もガイドブック並に珍しがられて、乗客の間をたらいまわしにされてなかなか返ってこなかった。

 2回目のチェックの時は、若い警官が私をまじまじと眺めて
 「おまえはほんとに日本人か。日本人か。」
 としつこく尋ねてきた。
 日本人を初めて見たかのような口ぶりだ。
 するとバスの乗客たちは、声をそろえて大合唱。
 「日本人だ、おしんだ!」
・・・って、おい。
 このあと、シャハラーともう一人のおばさんが、私に『ラーノ』という名前を勝手につけた。
 「だって、ユキって言いにくいんだもん」
 しかし結局のところ、私は最後まで『おしん』のままであった。


砂漠


 バスは砂漠を駆け抜ける。
 砂漠といっても、黄金色の砂の海というわけではない。岩だらけで、針のような植物がほそぼそと生えている。大きなネズミのような生き物もいた。薄茶色の岩と、灰色の茂み。
 乾ききった大地がどこまでも茫漠と広がっている。
 ただ空だけが、アムダリヤ川のように青い。
 私はいくつもの物語を思い出す。
・・・王子カラフ。盗賊ハッサン。ここは広いな。
 バスはそんな砂漠を上ったり下りたり、走ったり休んだり、のろのろと南東へ向かっていく。

 最初の休憩は2時間後。
 朝のバスターミナルよりは人間的なことに、トイレには扉がついていた。湧き水みたいな水道で手も洗えた。でも、やっぱり「穴だけトイレ」には違いなかった。

 バスは午後もひた走る。
 牧童がヤギを追いながら歩いてくる。
 彼らはどんな遠くからやってきたのだろう。
 やがて日が暮れる。
 壮大な夕焼けだ。
 360度の夕焼けだ。
 バスの行く手に銀色の円盤が浮かぶ。
 「オイモモ(月)!」
 とシャハラーが言った。
 私はそれでひとつウズベク語を覚えた。

 夜8時、州境に到達。ホラズム州からブハラ州へ入る。ドライバーと積荷のチェックが行われる。この時、トイレタイムとなった。
 男は道の右側へ、女は左へ。
 自然に分かれてそのへんでどうぞ。

 壮大だと思った。
 月の光に照らされる砂漠に、みんな1列に並んでおしっこだ!
 なんだか感動である。
 人間よ自然に帰れ。
 月光が雲のヴェールを裂き、星空のシャワーがかいま見える。
 「ねえ、なんであの子はあんな奥まで行くんだい?」
 「日本人だからじゃないかい」
 どんな時でも注目を浴びてしまう「おしん」であった。


ドライブイン


 3度目の休憩は、ドライブインでの夜食だった。また湧き水みたいな水道で手を洗う。かえって汚れそうな気がしないでもないし。
 「おしん、ここへ座れ」
 シャハラーの親戚のオジサンが席を用意してくれた。彼は、ドイツ人ゴールキーパーのオリバー・カーンを陽気にしたような顔立ちだった。
 「何を食べる?」
 「なんでもいい」
 「××でいいか、うまいぞ」
 ××がどんな料理かわからずに困っていると、陽気なオリバー・カーンは
 「見せてやる」
 と厨房へ押し入り、何かを持ち出してきた。
・・・卵だ。
 卵はもちろん大好きだ。にっこりうなずくと、なぜか店中の客がどっと笑った。
 卵は目玉焼きになって出てきた。あとは主食のナン(平たいパン)とチャイ(お茶)だ。
 「スプーンはいるか」
 とシャハラーが訊いてきたが、私は
 「シャハラーがいらないなら、私もいらない」
 と言って、手づかみで目玉焼きをナンにつけて食べた。
 おいしかった。
 見渡せば、大抵の人が手づかみで食べていた。

 このとき同じテーブルになった人が、自分はヌクス人だと言っていた。
 ヌクスは、ウズベキスタンの西の果て。顔を見れば純粋なモンゴロイドだ。モンゴル人か中国人と言っても通用するかもしれない。どこか哀しみをたたえた、味わいのある顔をしていた。
 そういえばシャハラーは民族的にはカザフ人なのだそうだ。きりっとした強い眉毛、はっきりした西洋的な目鼻立ち。タシケント出会ったギーチェ爺ちゃんは完全なロシア人だった。青きアムダリヤを越えたらもうそこはトゥルクメニスタンで、トゥルクメン人はその名のとおりトルコ系だ。
 中央アジアには、実にいろんな顔があり、いろんな人々が住んでいるのだと思った。
 彼らの写真を撮らせてもらっていたら、
 「ワシも撮ってくれ!」
 「おれも!おれも!おれも!」
 とオヤジ連中が騒ぎ出したので、結局そこにいる全員を撮るハメになってしまった。

 その後バスに戻るとみんな眠った。
 夜の砂漠はかなり冷え込む。
 私とシャハラーは1枚のジャケットを一緒にかぶって仲良く眠った・・・というか、
 「おしん!上着!」
 と言って無理矢理はんぶんこさせられた。
 ボロバスでも案外、眠れるものである。

 深夜、エンジンが止まり、また休憩かと思っていたら
 「ブハラだ、日本人!」
 とドライバーが叫んだ。
 長いバスの旅は終わったのだ。
 私は寝ぼけ眼のシャハラーとオリバー・カーンと陽気なオヤジ連中にあわただしく別れを告げてバスを降りた。


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