バスの旅は凄かった。
ほとんど骨董品のようなバスはやっと動くという状態で、タイヤがはずれないのが不思議なくらいだ。下りになるとそこそこスピードが出るが、上りも平地もさっぱりで、他のバスにどんどん抜かれた。ゆっくり走るせいか、さほど揺れなかったのだけが救いだ。
乗り込んでしばらくすると、周りが騒ぎはじめた。
「おまえは日本人か?」
「日本人だ。」
「おい、こいつ日本人だってよ!」
「ええっ、日本人なのか!」
「日本と言えば『おしん』よね!」
ということで、私は『おしん』と呼ばれることになった。
ガイドブックは奪われ、たくさんの人が熱心にその写真を眺めた。
「おい、おしん!こっちに座れ。その男の横じゃ何されるか分からない」
おばさんが自分の横に来いと言う。
それから、かつてこれほど『地球の歩き方』が活躍したことがあるだろうかと思われるほど、ひっきりなしに「旅の言葉」(必要最小限のロシア語、ウズベク語などが載っているページ)を使って会話をした。あとはフロムハート・トゥ・ハート。
なにしろ長い旅路である。時間はたっぷりある。家族のこと、物価のこと、これまでの旅のこと。私達は何時間も話した。
彼女はシャハラーさん45才。
シャハルは「町」という意味なので、日本語で言うなら町子さんか。
「私はシャフリサーブズのバザールで米を売っている。月曜まで働いて、火曜にまたホラズム(ヒヴァ)に戻る。それまでにぜひ遊びに来なさい。いや、今すぐ、このまま来なさい」
シャハラーはさかんに家に泊まりに来いとすすめた。
「ホテルは高い。うちならタダですむ」
いや、そうなんだけど。やはりブハラにも行っておきたいし。
「ブハラはチューリ(砂漠)だ。何もないところだ。シャフリサーブズはヤフシャ(良い)だ」
サマルカンドは?
「サマルカンドも、ヤフシャ(良い)だ。シャフリサーブズはサマルカンドのすぐ近くだ。来なさい、今、来なさい」
断るのに大変苦労をした。
私はどうしてもブハラへ行かなければならない。
でもその後なら、シャフリザーブスへ行くことができる。
「月曜までにきっとに行くから」
と約束するのがやっとだった。
シャハラーは
「絶対においでよ。2人でおいしいスイカを食べよう」
と言って笑った。
「アムダリヤ!」
シャハラーが窓の外を指差した。
砂漠の中を唐突に青い、真っ青な川が流れている。
これがアムダリヤ川か。
砂漠に緑をもたらす命の川。
「アムダリヤ、ボリショーイ(大きい)」
川には水力発電のダムがあり、舟が一艘浮かんでいた。
シャハラーは何度も
「見なさい、舟だ、舟だ」
と興奮気味に教えてくれた。
彼女には舟が珍しいのだろう。
川には橋がかかっており、渡る前後に警察のチェックを受けなければならなかった。アーミー柄の制服を着た警察(軍隊かも)がバスに乗り込んできて、一人一人身分証のチェックをする。私のパスポートは持って行かれてしまった。
「レギストラーツェ(外国人登録。滞在する町ことに申請が必要)を調べてるんだ」
とシャハラー。
ここの警察は評判が悪いので、ちょっとドキドキした。
が、パスポートは汚い指の跡をつけられただけで無事に戻ってきた。
その際、私のパスポート(のビザ欄)もガイドブック並に珍しがられて、乗客の間をたらいまわしにされてなかなか返ってこなかった。
2回目のチェックの時は、若い警官が私をまじまじと眺めて
「おまえはほんとに日本人か。日本人か。」
としつこく尋ねてきた。
日本人を初めて見たかのような口ぶりだ。
するとバスの乗客たちは、声をそろえて大合唱。
「日本人だ、おしんだ!」
・・・って、おい。
このあと、シャハラーともう一人のおばさんが、私に『ラーノ』という名前を勝手につけた。
「だって、ユキって言いにくいんだもん」
しかし結局のところ、私は最後まで『おしん』のままであった。
バスは砂漠を駆け抜ける。
砂漠といっても、黄金色の砂の海というわけではない。岩だらけで、針のような植物がほそぼそと生えている。大きなネズミのような生き物もいた。薄茶色の岩と、灰色の茂み。
乾ききった大地がどこまでも茫漠と広がっている。
ただ空だけが、アムダリヤ川のように青い。
私はいくつもの物語を思い出す。
・・・王子カラフ。盗賊ハッサン。ここは広いな。
バスはそんな砂漠を上ったり下りたり、走ったり休んだり、のろのろと南東へ向かっていく。
最初の休憩は2時間後。
朝のバスターミナルよりは人間的なことに、トイレには扉がついていた。湧き水みたいな水道で手も洗えた。でも、やっぱり「穴だけトイレ」には違いなかった。
バスは午後もひた走る。
牧童がヤギを追いながら歩いてくる。
彼らはどんな遠くからやってきたのだろう。
やがて日が暮れる。
壮大な夕焼けだ。
360度の夕焼けだ。
バスの行く手に銀色の円盤が浮かぶ。
「オイモモ(月)!」
とシャハラーが言った。
私はそれでひとつウズベク語を覚えた。
夜8時、州境に到達。ホラズム州からブハラ州へ入る。ドライバーと積荷のチェックが行われる。この時、トイレタイムとなった。
男は道の右側へ、女は左へ。
自然に分かれてそのへんでどうぞ。
壮大だと思った。
月の光に照らされる砂漠に、みんな1列に並んでおしっこだ!
なんだか感動である。
人間よ自然に帰れ。
月光が雲のヴェールを裂き、星空のシャワーがかいま見える。
「ねえ、なんであの子はあんな奥まで行くんだい?」
「日本人だからじゃないかい」
どんな時でも注目を浴びてしまう「おしん」であった。
3度目の休憩は、ドライブインでの夜食だった。また湧き水みたいな水道で手を洗う。かえって汚れそうな気がしないでもないし。
「おしん、ここへ座れ」
シャハラーの親戚のオジサンが席を用意してくれた。彼は、ドイツ人ゴールキーパーのオリバー・カーンを陽気にしたような顔立ちだった。
「何を食べる?」
「なんでもいい」
「××でいいか、うまいぞ」
××がどんな料理かわからずに困っていると、陽気なオリバー・カーンは
「見せてやる」
と厨房へ押し入り、何かを持ち出してきた。
・・・卵だ。
卵はもちろん大好きだ。にっこりうなずくと、なぜか店中の客がどっと笑った。
卵は目玉焼きになって出てきた。あとは主食のナン(平たいパン)とチャイ(お茶)だ。
「スプーンはいるか」
とシャハラーが訊いてきたが、私は
「シャハラーがいらないなら、私もいらない」
と言って、手づかみで目玉焼きをナンにつけて食べた。
おいしかった。
見渡せば、大抵の人が手づかみで食べていた。
このとき同じテーブルになった人が、自分はヌクス人だと言っていた。
ヌクスは、ウズベキスタンの西の果て。顔を見れば純粋なモンゴロイドだ。モンゴル人か中国人と言っても通用するかもしれない。どこか哀しみをたたえた、味わいのある顔をしていた。
そういえばシャハラーは民族的にはカザフ人なのだそうだ。きりっとした強い眉毛、はっきりした西洋的な目鼻立ち。タシケント出会ったギーチェ爺ちゃんは完全なロシア人だった。青きアムダリヤを越えたらもうそこはトゥルクメニスタンで、トゥルクメン人はその名のとおりトルコ系だ。
中央アジアには、実にいろんな顔があり、いろんな人々が住んでいるのだと思った。
彼らの写真を撮らせてもらっていたら、
「ワシも撮ってくれ!」
「おれも!おれも!おれも!」
とオヤジ連中が騒ぎ出したので、結局そこにいる全員を撮るハメになってしまった。
その後バスに戻るとみんな眠った。
夜の砂漠はかなり冷え込む。
私とシャハラーは1枚のジャケットを一緒にかぶって仲良く眠った・・・というか、
「おしん!上着!」
と言って無理矢理はんぶんこさせられた。
ボロバスでも案外、眠れるものである。
深夜、エンジンが止まり、また休憩かと思っていたら
「ブハラだ、日本人!」
とドライバーが叫んだ。
長いバスの旅は終わったのだ。
私は寝ぼけ眼のシャハラーとオリバー・カーンと陽気なオヤジ連中にあわただしく別れを告げてバスを降りた。