ブハラに着いたのは深夜0時。なんと10時間もかかっていた!
ガイドブックには「8時間」とあるし、経験者からも「6〜7時間」と聞いていたので、この遅さは予想外だったわけだ。
ボッタクリタクシーで宿へ飛ばしたが・・・こんな深夜に・・・申し訳ない。
と言うのも、私が泊まった安宿はどこも家族経営のプライベートなもので、ホテルというよりペンションに近い。
案の定、宿の人は思い切り寝ていたらしく、パンツ一丁にシャツを羽織って出てきた。
ほんま、ごめんなさい。
今回の宿『ファティマ』は、ブハラの中心・ラビハウズの目の前にある。お湯も出るし、旅行者の間でも「女将のファティマはいい人」と評判の申し分ない宿。ゆっくり休んだ翌朝、さっそく観光に出発だ。
ところが。
いきなり。
死にかけている猫に出会った。
宿のすぐそば、ラビハウズ(池)のほとりだ。
キジトラの猫で、足を体の下にたくしこみ、うずくまっていた。
遠目には眠っているかのようだ。だが、近づけばすぐに分かる。もう頭を上げていられない様子で、がっくりと地面に鼻を落としている。
まったく動かない。
目も開けない。
耳をヒクリとも動かさない。
ひげ一本震わせない。
たまに呼吸をするとき、背中が弱々しく上下するだけだ。毛並みは悪いが外傷は見当らない。病気だろうか。
こんな所で。
私は泣きたくなった。どうにもしてあげられない。
せめて水をと差し出したら、その時だけ、かすかに顔をそむけるような動きをした。
拒否しているのだ。
おれはここで死ぬのだと、決意を示すかのように。
猫は池のほとりで、ナディール・ディバンベギ・ハナカ・トゥルキ・ジャンギ廟という建物を拝むかのようなポーズをとっていた。
そこは観光地だから、たくさんの旅行者が訪れていた。心配そうに猫の顔をのぞきこんでいく人も多かった。だが、誰も触れようとしなかった。
宗教的な建物を拝むように、姿勢を正して死んでいく猫に、ある種の迫力を感じていたのかもしれない。
肩を落として歩いていると、ヒヴァで出会ったおじさんに再会した。
几帳面な服装のオランダ紳士だ。
バスで10時間かけて来たのだと言うと、彼は一言
「テリブル!」
と言った。
その後、インターネットカフェを見つけて少し休み、なんとか気をとりなおして観 光してみたが。
どうにも、うまくない。
どこへ行ってもお土産屋しかない。ちょっとやそっとの軒数ではない。数が多すぎる。
町中が土産物屋であふれている。シーズンオフになる冬、彼らは何をしているのだろうか。
それよりひどいのは子供たち。ワラワラと寄ってきて
「ボンボンちょうだい!」
「ペンちょうだい!」
とたかる。しかも、たかり方が可愛くない。
ヒヴァの田舎の子供たち、ナザカットやシャハルーホみたいに代わりの何かを与えてくれるわけでもなければ、東南アジアの貧しい子供達のように命がけでもない。
彼らはただ、ほしいほしいとむき出しで言うだけだ。とても感じが悪かった。
観光地の入場料も、食堂も、現地人の3倍くらいは平気でぼったくる。そのくせラグマン(うどん)はまずかった。
今まで楽しかったぶん、その一日は強烈にめげた。
死にかけた猫のことが頭から離れなかった。あの子はどうしただろうか。でも、もう一度見にいく勇気はない。
疲れ果ててチャイハナ(喫茶店)に座り込んでいると
「ご一緒していいですか」
と英語で尋ねられた。
「私はガイドをやっています」
美人だが、ちょっと化粧濃いめの女の人だった。ドライバーらしき男の人を連れていた。
「よかったら、ブハラの町をご案内しましょうか」
・・・ブハラは、もういい。この町は私に合わない。
しゃべりたい気分だったので、言葉が通じるのを幸い、彼女を相手にさんざんグチった。疲れていたのだと思う。
「もし他の町へ行きたいなら、車の手配をしましょうか?」
と彼女は言った。
・・・ああ、そうだな。それがいい。
予定を1日くりあげて、シャフリサーブスへ行こう。親切なシャハラーおばさんのいる町、シャフリサーブス。彼女の顔を見れば気も晴れるかもしれない。
「安い宿も紹介できますよ」
渡りに舟とはこういうことだ。
その場で、翌日の昼にシャフリサーブスへ行く車を予約をしてしまった。
その夜。
宿でくつろいでいると、どこからともなく伝統的な音楽が聞こえてきた。いかにもシルクロードを思わせる弦楽や笛の音。
いいねえ。
民族音楽ってこう、血が騒ぐんだ。
なんてしみじみしている場合じゃない。
「ああああああ!」
忘れていた!宿のすぐ隣、ナディール・ディヴァンベキ・メドレセで夕方6時から『民族舞踊ショー』をやっているのだった。朝、値段と時間を確認しに行ったのに、猫だの何だのに紛れてすっかり・・・忘れていた。
今からでも入れるだろうか。
とにかく、行くだけは行ってみる。
メドレセの前には10人ほども集まっていた。
やはり音楽を聞きつけてやってきたらしい国内旅行者や、外国人の小グループ、それに私。
扉にはしっかり鍵がかけられているが、木戸の隙間から中をのぞき見ることができた。
扉の向こうは、ちょうどステージの裏側になるようだった。
真正面からライトが白く照りつける。すぐそばには、民族楽器をかなでる楽隊の背中が見える。踊り子のカラフルなスカートがくるくる回りながら通りすぎていく。観客はテーブルを囲み談笑している・・・すべて、扉の向こうのできごと、木戸の隙間から見えるだけの世界だ。
「あけてー!」
白人の女の人がたまらなくなって扉をガンガン叩いた。
ガンガン。
ガンガン。
ガンガン。
西洋人って勇敢だ。
だが奇跡が起こった。
一曲終わったとき、固く閉ざされた扉が開けられ、係員から「入っていいよ」と言われたのである!
「やったー!」
明るい会場内に飛び込む白人旅行者達。
そのあとにくっついて入ろうとした私を・・・
「君はダメ」
と係員が阻んだ。
途中入場は団体客のみOKだと言うのだ。
なぜだ。
なぜなんだ。
怒るより哀しくなってしまった。
いいんだいいんだ、もう6時40分をまわっているし、残り20分かそこらのショーで10ドルも取られたくないやい。
ああ、ブハラなんかキライだ。
朝、宿の女将であるファティマが
「あんた、今日チェックアウトするんだよね?次はどこへ行くの」
と尋ねてきた。
「シャフリサーブスへ行くつもりです」
「タクシーはもう決まってるの?」
「昨日、旅行会社の人に会ったので、そこに頼みました」
「ほう。なんていう人か、名前はわかる?」
名刺を部屋に置いてきていたので、その問いには答えられなかった。
ファティマは大柄でどっしりしている。おばさんと言うより「女将さん」という響きが似合う。一見、怖いが頼り甲斐のある印象だし、実際とても面倒見のいい人らしかった。そのファティマが言った。
「いいかい。もし必要になったら、私が安いタクシーを紹介してあげるからね。遠慮なく言うんだよ」
それがどういう意味なのか、その時はピンとこなかった。
私はお礼を言って、散歩に出かけた。
昨日の旅行会社の人は、12時すぎに迎えにくると言っていた。
お昼ごはんから帰ると、例の化粧の濃い女の人がすでに門のところで待っていた。
私は「荷物を持ってくるから」と急いで部屋へ向かった。
「ちょっと待って。」
客室へつづく階段の下で、ファティマが私を引きとめた。真剣な表情だった。
「彼女も行くのか?」
ファティマの目が、門の方をちらっと見た。
化粧の濃い女の人が手持ち無沙汰に待っている。口紅が赤い。
たしか、ドライバーは英語ができないから、彼女も行くと言っていたはずだ。
「やめときなさい。彼女は危ない。」
ファティマの細い目はますます真剣になった。
「彼女はよくない!だから今朝、誰に頼んだのかって名前を訊いたんだよ! 彼女の被害に遭った旅行者を知っている。彼らはみんな怒っていた。タクシーの中で眠っている隙に現金を盗られたり、紹介された宿で盗まれたりしている。安い宿を紹介しておいて、何十ドルも盗むんだ。私は彼女を憎む。
タクシードライバーなら私が紹介してあげる。宿も信頼のおけるところを教えてあげる。だから、彼女だけは、おやめなさい。」
ぞっとした。
やめよう。
即決だった。
ファティマの言うとおりにしよう。
・・・本当を言うと、この段階でファティマの言葉を信じるに足る根拠はほとんど無い。タクシーや宿の紹介料が目当て、ということだってあり得るのだ。私にはウソや人柄を見抜く眼力なんか、ない。
ただ、私が読んだ旅情報サイトに「ファティマはいい人」という評判があったのと、
「I hate her. (彼女が憎い)」
なんて激しい言葉が飛び出すのはタダゴトではないと思った。
それに何より、恰幅のいいいファティマの豊かな胸周りが、母性的で頼れる感じだったのだ。私は彼女の言葉を全面的に信用することにした。
「でも、どうやって断ればいい?」
「一緒に言ってあげよう。ブハラでもう1、2泊するんだと言いましょう」
それで、そうした。
少し怖い問答のあと、化粧の濃い女の人は渋々帰っていった。
ファティマは電話をかけて、信頼のできるタクシーを探してくれたが、結局みつからなかった。
その代わり、同じ宿に泊まっていたバングラディシュ人のツアーバスに同乗にさせてもらえるよう、かけあってくれた。
「ツアーのバスで、とりあえずサマルカンドまで行きなさい。このバスなら絶対安心だから。宿は『ティムール』、ここの主人は私の友達なんだ。彼の名前も『ティムール』だよ。安いし、レギスタン広場に近い、とてもいい場所にある。シャフリサーブスへのタクシーもティムールが手配してくれるはずだ。」
至れりつくせりである。
別れ際に
「いろいろとご親切を感謝します」
と礼を言うと、ファティマは
「なあに、うちにくる旅行者はみんないい人ばかりだからね。だから私も親切にするのさ」
と言った。